9人の母親のうち誰が実の母親であるかを決める裁判が今日始まる。

世界中の報道陣が裁判の行方を見守っている。
(ジャニタ・セネウィラットゥナ記者 カルムネから)

9人の母親がそろってわが子いっている「ベービー81号」の実母を決める裁判が2日朝カルムネ裁判所で公判が始まった。

 

 

(2005年2月2日 Divaina新聞より 和訳)

    「ベービー81号」と名付けられた赤ちゃんが看護士に抱かれている様子
 

 

 
 

生後4ヶ月ぐらいの赤ちゃんに「ベービー81号」と名付けられたのは、津波で被害にあった昨年12月26日にカルムネ病院に入院された81人目の患者から。

この子は津波で被害にあったカルムネ地域のがれきの中にいて誰かが援けて病院に連れて来てあった。

そのときから、母親9人が「この子はわが子」といっているし、「子供を引き渡してくれなければ私も自殺する。」と、ある母親が病院の関係者にいっていたそうです。

この事柄である母親が看護士に匿名の電話があり、「その人を殺してやる。」といっていた。

どうやら、今まで子供は元気でカルムネ病院の看護士に甘えている。

今日行われる裁判で、実母を決めることが困難であれば、DNA検査を用いるとカルムネ裁判所のM.P.モヒディーン裁判官いっている。

   
 2004年12月26日 スリランカ津波災害
 

2005年1月1日スリランカを訪れました。コロンボは普段と変わらない様子でしたが、ゴールフェイスのビーチには救援物資をテントに集められていました。

3日南にあるタンガッラという町に向かい海岸沿いのゴールロードを通り南下しました。カルタラを過ぎて10分ほどで家屋の倒壊が目に入ってき、魚介類の腐敗した匂いも漂っていました。夜中、道路沿いでまきに火をとぼして過ごす人々や、バス停で暮らす家族もいました。

驚いたことに倒壊した家屋のそばに祭ってあった、全ての仏像は無傷のまま残っておりました。

政府の発表では海岸から100mまでは崩壊された家の再建できない法律ができたらしいとか、被災者に対して国からの義援金が未だもらえないようです。(1/7現在)

被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

 
  数百メートル先まで潮が引き人々は津波とは知らず集まり、うなぎなどが打上げられる様子
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ゴールフェイスの救援物資    
     
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